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世界はイシスの恋慕で生まれた。

by ミケ

#Memories #神話 #Column

 私の二度目の妊娠は四二の時。一人目から十三年後の高齢出産だった。その時のボンは、現在、小学二年生。(上の娘は、大学生になっている)。

 二十代で出産した上の娘の時とは違って、体力的にはギリギリで、産むまでつわりが激しく続く、きっつい妊娠生活であった。

 私ら夫婦にとっては、その妊娠は、青天の霹靂的で(ごめんよ、息子)、突然やって来た無計画出産だったが、産んでしまえば「昔々、どんぶらこっことやってきた童子」を、お爺さんとお婆さんが宝物のように愛おしむごとく、可愛くてしかたがないボンである。笑

 高齢での育児は、体力的にはおぼつかないことも多いけれど、その分、精神的なゆとりだけはあったようで(=長く空いた二人目という冷静さで)、彼に触れる1秒1秒が愛おしく可愛らしく、母猫が子猫を舐めまくるように、ずっと抱きっぱなしで、抱き癖がつくとたしなめられても、泣けば乳を含ませていた。

 そんなボンの乳児期の頃のこと。

 私の乳に、必死にしがみついている吾子への慕情は、もう、どうにもならないくらい。私は、彼を、思いっきり抱きしめながら、

(ああ、この子を、もう一度、お腹の中に入れてしまいたい!)

 と、素っ頓狂な想いが脳裏に走った。

 「この子と一体になりたいってこと?」

 それは、不思議な感覚だった。性欲のような快感を求める望みとは全く違う。

 ただただ純粋な愛おしさというのは、ただただ体を一つにしたい、自分の中に取り込みたいと切望するのだと知った。

 その時、私は、ハッとした。エジプトのオシリス・イシスの神話を思い出して。

※女神イシスは、兄神オシリスと結婚したが、彼は弟神セトに殺されバラバラにされる。嘆き悲しんだイシスは、その死体を拾い集めて再びオシリスを復活させ、息子ホルスを産む……

 オシリスは、愛したものから、再び生み出される。

 ああ、このことか。 

 私には、何か、深く納得する感傷があった。出産というものは、神話的な営みを全身で理解する好機となる。

神話を身体に通す女という性。この身体は、神々からのプレゼントかもしれないと。

 メルヘンとは、原因から結果を伝えているのではなく、原初の愛である結果そのものを、そのままに物語るもの。

 神話的に「妊娠」を捉えると、男女の愛の結晶という以前に、別れてしまった子供(=分身)を狂おしいまでに呼び戻した状態であり、合一への祈りであるのだろう。

 激しい思慕の念とは、一体を乞うる想い。それによって、オシリス(ホルス)は再誕する。

 別れては、合一を願い、一つになれば、また離れる。

 この一連の、生命の精神活動とも呼べるものを、神話は、女の(男もだけど…)の妊娠〜分娩という肉体活動の中に、潜ませているのではないか。

 また、この生命の「行き交い」は、人間の女の妊娠だけではないように私には思える。

 神話の時代は、世界に、新たな何かが生まれるということは、オシリス(ホルス)を恋うるイシスの「一つになりたい」という母性の叫びがこぼれ落ちるのと、同義であったのかもしれない。

 「世界」とは、ひょっとしたら、イシスの恋慕によって生まれたといえるのではないか?

 そして、地上の人々は、そんな神々の喜怒哀楽を見、神々と共に生きていた時代があったのかもしれない…。

 …なんて摩訶不思議なメルヘンが、産後というホルモンバランスの狂った変性意識の中で、朦朧と思い浮かんだ。

 ワタクシ、妖怪『年増オカン』は、ボンを胸に抱きながら、「愛してる愛してる…」と、愛しさで、ただ泣くしかなかったのであった。

 (私は、このけったいな精神状態を、産後ブルーならぬ、産後メルヘンと呼んでいる…)

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