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フツウのこと考

by ミケ

#Column  #Nondualism

 私は、そもそも好みのことしかできないというダメダメ人間で、まわりに(特に家族に)申し訳ないなぁ~と思って生きてきましたが、今年の4月に、唐突に、もはや「めっちゃ好み」のことしか「しない」と決めるに至って、「なんとなく好き」でやってきた方のライター稼業を捨てました。

 すると、自分の「本音」がますますクリアになってきました。

 今までライターの仕事は「なんとなく好き」でやってきたと思っていたのですが、実は、もうすでに「好き」から「フツウ」になっていたことに気づいたのです。

 好きなことばかりをやっていると、実は、まだまだやり続けていた、フツウの作業というものが、私の暮らしの中にいくつもあることに気づきます。

 たとえば家事。

 家事は、便宜上、というか社会通念上(笑)、メインは私がやっています。

 もう二十七年やり続けているので、たいして好きじゃないのに、それなりに得意になってしまいました。ある意味、不本意です。うそうそw

 夫は、なんでも「できる」タイプの人なので、掃除をはじめ、困った時には、家事をささっと手伝ってくれます。たぶん日本の五十代男性の中では、ほんっとにやってくれている方の人だと思います。

 だから、私みたいなのがヨメで、よけい申し訳なくて、「家事」を手放していいものかどうか…は、私の中で保留事項でしたが、もう、ここまで書いちゃっているので、書いてしまいますよ。

 家事、好きじゃありません。まあ、嫌いでもありません。フツウです。

 フツウ作業は、だんだんクツウ作業に変わるので、もうアウトソーシングしたい。

 それで、夫に言ってみたら「ええんちゃうか」とあっさりOK。「よっしゃよっしゃ」とガッツポーズしたのに、私は、まだ、そっち(家事のアウトソーシング)にお金を出す方をしぶって、自分でやっちゃっているのですね。

 「めっちゃ好き」なことしかしないって決めたはずなのに、いやぁ、実は、まだこの家事というフツウ事項は、そんなに好きでもないにも関わらず、私の方が「やる」を選択しているのですね。

 「夫が嫌がる」っていうのは思い込みで、実際は、自分自身が「やってもええわ」と思っていただけやったんです。

(ちょっと論点から外れたまとめですが)

 まあ、もちろん、そうやってグレー(フツウ)なものを、どんどんやっていくことも、そんなに悪いことではないと感じます。

 自分が「消えて」、何者でもない、色のない、永遠に無傷の、ただの「意識」であることの発見は、意外と、このフツウのグレー作業を淡々と行う中に見えてきたりもします。

 「好き」とか「嫌い」に囚われないからかもしれません。

 なんというか、フツウを「進んで」やっていく先の彼岸は、雲水さんたちの早朝のおつとめに近いと思えなくもない気がするのでした。

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